本当は怖ぁい「怖い」という言葉

 

2021年8月20日

晴れて暑い。

風もあって雲が流れているので空の青がとっても綺麗。

もくもくっとした雲も青に映えて素敵。

美しい空を見られることに感謝。

 

さてと。

唐突ですが。。

怖いという言葉には気をつけないといけない。

なぜなら、人は怖いと思った瞬間にIQが下がって客観的に物を考えられなくなり、合理的な解決策など導き出せなくなってしまうからだ。

不思議なことに、というか現代の人間生活とマッチしないだけかもしれないが、人間は怖いと思うとIQが下がってとにかく走って逃げ出そう、その場から離れたい、そうすることで問題が解決するという思考になるようにできている。

実際、昨今話題の煽り運転問題などの場合には、とにかく走って逃げる、それがいいのかもしれない。

しかし現実の現代の複雑な人間社会において、怖いと思って走って逃げることは全くもって功を奏しないことが多い。

というか、逃げられないことばかりだ。

そんなわけで、まずポイントなのが怖いという言葉を使わないこと。

口に出した時点で人間は現実をその口に出した言葉の状況と認識してしまう。

であるから、そもそも怖いという言葉を安易に使わない。

また、怖いと感じた場合、一歩引いて客観的になり、「あぁ今自分は怖いと感じているな。しかし、解決策は必ずあるし、自分の生命は脅かされていない。絶対に大丈夫だ。だから怖くなどない。このようなことはイツカいい思い出になるさ。」と念じることがいい。

 

そんなわけなので、自分に対しても、ましてや子どもに対して日常的に怖いという言葉を安易に用いてはいけない。

特に子どもに対して、暴力に取って代わるものとして使われやすいのがこの「怖い」という感情だ。

ご飯食べないと、寝ないと、言うこときかないと、鬼がオバケが警察が、何か怖いものが来ますよ〜っと言って支配し(言うこと聞かせ)がちである。

虐待がクローズアップされる昨今、そうは言っても子どもと言う小さな野獣(愛情を込めて野獣とよばせて頂きます)をどう躾るか、言うことを聞かせるか、そんな中で怖いと言う感情は使われがちである。

しかし、その場しのぎに怖いと言う感情で言うことを聞かせることの代償は大きい。

なぜなら、怖いという体験を日常的かつ安易にしてしまっているためにその子どもは思考能力が落ちてしまう。

また、その他あらゆる場面において怖がると言うことを容易に汎用させ、チャレンジ精神のない子どもになってしまう。

これは大人自身も然りだ。

 

 

さて。本当は怖い「怖い」という言葉。

使い方を見直そうではないか。

シェアしてくーださいっ!

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